デジタル化の加速、AI技術の進化、グローバル競争の激化、そしてパンデミックを契機とした働き方の多様化。 これらはすべて、企業と個人に新たなスキルと適応力を求めています。 かつての「経験や年功」だけでは通用しない時代。技術は日進月歩で進化し、今ある仕事の一部は数年後には不要になるとも言われています。実際、経済産業省の試算では、2030年にはIT人材が約79万人不足するとされ、企業の人材戦略は「採用」よりも「育成」へと大きく舵を切る必要があります。 こうした背景の中、注目を集めているのが「リスキリング(学び直し)」です。これは単なるスキル習得を意味するのではなく、「仕事やキャリアの変化に対応するために必要な新たな能力を獲得するプロセス」です。 特に人的資本経営が重視される現在、「従業員がどんな価値を企業にもたらすか」は財務数値と並んで注目される指標です。社員一人ひとりのスキルが企業の競争力を左右するといっても過言ではありません。今回はリスキリングについてご紹介していきます。
目次
企業がリスキリングに取り組む5つの理由
リスキリングを成功させる企業の共通点とは?
学び方も進化中! 最新リスキリング手法とトレンド
人事・教育担当者が知っておきたい!リスキリング導入のステップ
企業がリスキリングに取り組む5つの理由
リスキリングを成功させる企業の共通点とは?
学び方も進化中! 最新リスキリング手法とトレンド
人事・教育担当者が知っておきたい!リスキリング導入のステップ

企業がリスキリングに取り組む5つの理由
では、なぜ企業は今リスキリングに本格的に取り組むべきなのでしょうか。ここでは、5つの主要な理由を解説します。
① 即戦力化による生産性向上
急速に変化する市場において、外部から即戦力を採用するにはコストも時間もかかります。それに比べて、既存社員のリスキリングは、現場知識や文化を保持したまま新たな戦力として育成できるため、実は最も効率的な手段です。たとえばA社(製造業)は、事務職社員を対象にデータ分析スキルを習得させたことで、業務改善提案数が前年比で3倍になり、実務効率も30%改善されました。② 従業員のキャリア自律による離職防止
社員が自らのキャリアを設計し、主体的に学び続けられる環境は、モチベーションを高めるだけでなく、離職の防止にも効果的です。特に若手社員において「成長機会がある企業にいたい」という意識は強く、リスキリング支援を制度化することが優秀人材の定着につながります。③ 新規事業・イノベーション創出の推進
新たなスキルの獲得は、新しい視点の獲得にもつながります。特に異業種的な知識や、既存業務と異なるスキル(例:エンジニアがデザインを学ぶ)を組み合わせることで、イノベーションの芽が生まれやすくなります。④ 企業文化の変革とエンゲージメント強化
「学び続ける文化」が根付くと、社員同士の知識共有や、部門間のコラボレーションが活性化します。B社(小売業)は、毎月1回、社内で学びの成果を共有する“ナレッジシャワー”という取り組みを実施し、職場の風通しが良くなったとの声も多くなりました。⑤ 人的資本経営の実現と企業価値の向上
人的資本情報の開示が義務化される流れの中で、社員のリスキリングへの投資は、企業価値や社会的評価にも直結します。「何人の社員がどんなスキルを獲得したか」は今後のIR情報にも影響を与える重要な指標です。
リスキリングを成功させる企業の共通点とは?
リスキリングに取り組む企業は年々増えていますが、全ての企業が成功しているわけではありません。実際には、「形だけ」の研修制度や、「やらされ感」が先行してしまうリスキリングも多く見られます。では、成果を上げている企業にはどんな共通点があるのでしょうか?ここでは、リスキリングを“本当の成果”につなげている企業の特徴を詳しく見ていきましょう。
1. トップのコミットメントと全社的な位置づけ
リスキリングを一過性の施策ではなく、経営戦略に組み込んでいる企業は強いです。経営者自身が「人への投資は事業成長に不可欠」と明言し、リスキリングを「戦略的資源投資」として位置づけている企業は、現場の巻き込みもスムーズです。 【イメージ例】大手金融機関D社では、社長自らが全社員に向けて「2030年に必要な人材像」と「学び直しの必要性」を発信し、幹部が率先してデータサイエンスの基礎講座を受講することで、現場の信頼と行動変容が一気に加速したそうです。
2. 人材データとスキルギャップの可視化
“誰に、どんなスキルが必要なのか”を明確にせずに始めると、リスキリングは的外れなものになります。成果を出している企業は、まず以下のような「スキルギャップ分析」を実施しています: ・現在保有しているスキルの棚卸し(例:スキルマトリクス、社内資格)・未来に必要とされるスキルの定義(例:DX推進に必要なスキルセット)
・ギャップの可視化と優先順位づけ(重要×不足度) 【イメージ例】
製造業E社では、現場スタッフ向けに「業務プロセス改善スキル」の保有状況を評価。その結果、若手層に顕著なスキル不足が判明し、対象者を絞ってリスキリングを集中実施。半年後には改善提案数が2.5倍になり、社内報奨制度とも連動させることでモチベーション向上も図れました。
3. 業務と連動した“使える学び”の設計
成功企業は「現場で即実践できる設計」にこだわっています。以下のような工夫が見られます: ・業務課題をベースにしたケーススタディ・OJTとOff-JTの組み合わせ(学んだ後に現場で試す)
・上司との定期面談で学びの成果を振り返る制度化 【イメージ例】
F社(IT企業)では、業務フロー改善のeラーニングを導入しただけでは効果が薄かったため、「学んだことを翌月のチーム会議で発表・提案するルール」を設けたことで、アウトプット意識が強まり、定着率が大幅に向上しました。
4. 評価制度・キャリアパスとの連動
「学んでも評価されない」環境では、社員のモチベーションは維持できません。成功企業では、学びが昇進・報酬・キャリア選択に反映される仕組みを整備しています。 ・スキル評価項目の人事評価への反映・資格取得や実務貢献に応じた報奨制度
・社内公募制度(学んだスキルを活かせるポジションに異動可能) 【イメージ例】
G社(物流業)では、社内の“キャリアチェンジ制度”として、ドライバー職からシステム担当へと社内転職できる仕組みを導入。リスキリングを通じて異動した社員の満足度が非常に高く、離職率の低下にも貢献しています。
5. 継続的な支援と“学び合う風土”の醸成
一度の研修で終わらせず、学びを日常化している企業では、社内コミュニティやピアラーニングの文化が根付いています。 ・社内勉強会やスキル共有会の開催・SlackやTeamsでの“学びチャット”
・月1回の社内LT(ライトニングトーク)大会 【イメージ例】
H社(建設業)では、若手社員が講師となって学びを共有する「社内リスキリングフェスタ」を定期開催し、社内横断的なスキル循環を促進しています。 リスキリングは制度だけでは成功しません。人を動かすのは「意味づけ」と「仕組み」、そして「組織の空気」です。成功企業はこの3つをバランス良く設計しており、結果として“自走する学び”が企業全体に広がっているのです。

学び方も進化中! 最新リスキリング手法とトレンド
リスキリングという言葉から「座学の研修」「長時間の講義」を想像していませんか?実際には、現代のリスキリングは「実務との融合」「短時間・高頻度」「体験型」など、従来とは大きく異なる学び方が主流になりつつあります。この章では、今注目されているリスキリングの新潮流を紹介します。
1. マイクロラーニング:隙間時間で“ちょい学び”
スマホやPCで短時間(3〜10分)の動画やスライドを視聴し、日常の業務の合間に学習できる方式です。業務に忙しいビジネスパーソンにとって、時間の制約を克服できる大きなメリットがあります。 【活用例】営業職向けに「1テーマ5分」の動画シリーズを配信し、週3本の視聴をKPIとして設定。見た内容をSlackで共有することで、実務でも活用されやすくなった(I社・通信業)
2. ハイブリッド型:オンライン+リアルで効果最大化
集合研修が難しい昨今、オンラインの利便性と、対面の深い学びを組み合わせた「ハイブリッド型」も増えています。 ✓ 事前学習は動画で実施(インプット)✓ 対面研修でディスカッション・ワーク(アウトプット)
✓ 研修後にオンラインで復習・振り返り 【活用例】
Zoom研修+リアルグループワークの組み合わせで、全国拠点の社員が一斉に参加できるように。移動コストを80%削減しながらも、学習効果が維持されました。
3. ビジネスゲーム・シミュレーション:失敗から学ぶ“体感型”教育
特に人気を集めているのが、ビジネスゲームや経営シミュレーション型の研修です。仮想の企業運営やプロジェクトマネジメントを体験しながら、戦略思考やチーム力を磨けます。 – 財務・営業・開発の意思決定を疑似体験 – チーム対抗で得点を競う“ゲーム性”が動機づけに – 実務に直結するフィードバックが得られる 【活用例】某ベンチャー企業では、新入社員研修にビジネスゲームを導入し、「原価・利益構造を理解できた」「意思決定の難しさがリアルに体感できた」と好評を得ました。

4. 社内副業・越境学習:実践でスキルを磨く“リアル体験型”
研修よりもさらに実務に近い形でリスキリングを行うのが、越境学習や社内副業の取り組みです。 – 他部署で一定期間働く(例:営業から人事へ) – グループ会社やNPOとのプロボノ活動に参加 – 外部の勉強会・業界団体に派遣 【活用例】L社(総合商社)では、越境学習でNPOに派遣された社員が「社会課題解決型ビジネス」の視点を得て、社内に新規プロジェクトを立ち上げたという事例もあります。
5. 外部リソースとの連携:学習インフラを自社で抱えない選択肢
近年では、Udemy、Schoo、GLOBISなどの外部プラットフォームと連携し、社員が自分に合った学習テーマを選択できる企業も増えています。社内に専門講師がいなくても、質の高い教育機会を提供できます。 – 社員一人ひとりが月◯本まで自由に受講可能– 上司による“受講テーマの推薦制度”で指導と連動
– 学習履歴をHRシステムに自動連携し、成長の可視化を実現 重要なのは、「何を教えるか」ではなく「どんな学びの場を提供するか」です。社員が“自分の未来のために学ぶ”と実感できる仕組みを設計することが、企業文化の変革と成長の原動力になります。これからの時代は、知識を持つだけでなく「学び続ける力」を持った人材が求められているのです。
人事・教育担当者が知っておきたい!リスキリング導入のステップ
人事・教育担当者が知っておきたい!リスキリング導入のステップ リスキリングの必要性は理解していても、「どこから手をつければよいか分からない」と悩む人事担当者も多いはず。本章では、リスキリングを社内で導入・展開するための5つのステップを、具体的に解説します。
Step 1:現状把握とスキルの棚卸し
まず最初に必要なのは、「自社にどんなスキルがあり、どんなスキルが不足しているか」を把握することです。 ✓ 人材スキルマップの作成(役職別・職種別にスキルを分類)
✓ 社員アンケートや自己評価シートでスキルの自己申告
✓ 業務フローから必要スキルを逆算(例:営業プロセスに必要なデジタルツールスキル) この段階で、業務プロセスと照らし合わせて「成果につながるスキル」「優先的に強化すべき領域」を特定することが肝要です。
Step 2:対象者と学習領域の設定
次に重要なのが、限られたリソースの中で「どの層に何を学ばせるか」の選定です。 ✓ 若手:基本的なビジネススキル、ITリテラシー
✓ 中堅:マネジメント、課題解決力、越境学習
✓ シニア:後進育成、知識継承、デジタル移行支援 全社員一律ではなく、戦略的に「重点対象層」を絞り込み、ROIを意識した設計がポイントです。
Step 3:教育プログラムの設計
設計では、次の4点を軸に考えます。
内容:現場課題と連動する具体的スキル(例:マーケ職にSEO/分析スキル)
方法:eラーニング、集合研修、OJT、外部連携などハイブリッド
期間:短期集中 or 継続学習(3か月〜1年など)
評価:学習前後のスキルテストやフィードバックを含めた仕組み
また、「アウトプットを伴う仕掛け」(例:発表会、社内報への投稿、ミニワークショップ講師)を用意することで、定着率が高まります。
方法:eラーニング、集合研修、OJT、外部連携などハイブリッド
期間:短期集中 or 継続学習(3か月〜1年など)
評価:学習前後のスキルテストやフィードバックを含めた仕組み

Step 4:成果の可視化とフィードバック体制の構築
「学ばせっぱなし」にしないために、以下のような“見える化”と“振り返り”が重要です。 ・学習前後のスキル自己評価(自己診断+上司評価)・上司との1on1面談で「学びと実務の橋渡し」
・社内システムで学習履歴を可視化し、人事評価と連動 ヒント:社内SNSや社内報で“学びのストーリー”を共有することで、横展開とモチベーション向上にも効果あり。
Step 5:経営層への報告と継続支援
最後に、人事だけで完結させず、「人的資本への投資」として経営陣と連携を図ります。 – リスキリングの実施状況・成果を四半期ごとに報告 – 投資対効果(ROI)を「定量×定性」で可視化 – 次年度の戦略と連動したスキル開発計画の提案 経営層に「リスキリング=人材価値の資産形成」と認識してもらうことで、長期的な予算確保や組織文化の醸成にもつながります。 リスキリングの導入は、必ずしも大がかりである必要はありません。重要なのは、「小さく始めて、スモールサクセスを積み重ねること」。まずは1部署・1テーマから始め、成果を他部署に展開していく“フラクタル型導入”がおすすめです。 人的資本が企業の競争力となる今、リスキリングはもはや“コスト”ではなく“成長戦略”です。現場に根ざし、継続可能な仕組みを構築することこそ、未来を切り開く第一歩となるのです。まとめ
本コラムでは、急速に変化する社会・ビジネス環境の中で、なぜ今リスキリングが企業にとって不可欠なのかを解説してきました。 キーワードは「人」です。 いかにテクノロジーが進化しようとも、それを活用し、組織を導き、価値を創造するのは人。だからこそ、社員一人ひとりが新しいスキルや視点を獲得し続ける「学び直し」が、企業の競争力そのものになるのです。 リスキリングは単なる教育施策ではありません。
それは、 ● 社員の自律と挑戦を引き出し、
● 組織文化を変革し、
● 企業の未来を形づくる“戦略的な仕組み”です。 一方で、成果を上げている企業は、目的・設計・制度・風土のすべてを連動させ、現場に根づいた取り組みを積み重ねています。小さな成功事例を積み重ねながら、全社展開へと広げていく──それがリスキリング成功の鍵です。
【執筆者情報】
ビジネスゲーム研究所 米澤徳晃
研修会社に入社後、研修営業、研修講師業に従事。その後、社会保険労務士法人で人事評価制度の構築やキャリアコンサルティング活動に従事。その後、独立。講師登壇は年間100登壇を超え、講師としてのモットーは、「仕事に情熱を持って、楽しめる人たちを増やし続けたい」という想いで、企業研修を行っている。