1つ目は、生産性・創造性の向上です。心身の状態が良いと、集中力や意欲が増し、新しいアイデアが生まれやすくなるため、結果的に組織の業績アップやイノベーションの創出に寄与します。 2つ目は、人材の定着です。社員が心地よい環境で働けていると、会社へのロイヤルティが高まり、離職率が下がります。昨今は人材不足が深刻化しており、優秀な人材の獲得と定着が組織の持続的な成長に直結するため、ウェルビーイングの視点を取り入れた施策が有力な手段として捉えられています。 本コラムでは、ウェルビーイングと仕事のパフォーマンスの関連性を整理するとともに、実際に企業が導入している健康経営や福利厚生の事例を紹介します。さらに、社員のコンディション管理が組織全体の業績向上につながったケーススタディを取り上げ、どのようなステップを踏めば良いのかを具体的に解説します。 「個人の健康が企業の成功を支える」という視点を持ち、ウェルビーイングとパフォーマンスの相乗効果を生み出すヒントを見つけていただければ幸いです。

ウェルビーイングと仕事のパフォーマンスの関係
(1)心身の健康がもたらす仕事への好影響
ウェルビーイングの向上を考えるとき、まず着目すべきは「心身の健康状態」です。ストレスや疲労が蓄積し、睡眠不足が続いている社員は、集中力の低下や思考力の鈍化、コミュニケーションのすれ違いなど、さまざまなパフォーマンス低下を引き起こします。一方で、良質な睡眠をとり、適度な運動や食生活を整え、メンタル面でもサポート体制が整っている社員は、業務を効率的かつ意欲的に進めることができます。 具体的には、以下のようなポジティブな影響が期待できます。 ●集中力・判断力の向上
しっかりと休養をとることで脳がリフレッシュされ、素早い意思決定が可能になる。 ●創造性・発想力の拡大
ストレスが減少することで、新しいアイデアや柔軟な思考が生まれやすくなる。 ●対人関係の改善
余裕のある心身状態だと、周囲への気遣いや協力体制が自然と生まれ、チームワークが向上する。
(2)生産性・モチベーションへの影響要因
生産性やモチベーションを左右する要因は非常に多岐にわたります。「健康」は大前提として、以下の要素も深く関連してきます。
1.職場環境 作業スペースの広さや静音性、空調・照明などの物理的環境だけでなく、コミュニケーションのしやすさや心理的安全性も重要視されます。 2.マネジメントとリーダーシップ
管理職や経営層が社員をどうサポートするか、個々のキャリア形成をどのようにバックアップするかで、モチベーションが大きく変動します。 3.ワーク・ライフ・バランス
長時間労働や慢性的な残業が続くと、いくら福利厚生を充実させても効果を感じにくくなります。仕事とプライベートの両立を支える制度や文化が整っているかがポイントになります。 たとえば、ある企業で睡眠時間が十分でない社員が増えていたことが判明した際には、業務の効率化や残業削減の施策だけでなく、社内での啓発セミナーを実施し、「眠りの質」の重要性を周知しました。その結果、社員の自己管理意識が高まり、全体的に睡眠時間が増加。レポート提出のミスや作業効率の低下も改善されたという報告があります。このように、健康管理を促す企業施策と社員自身の意識変革の両輪が噛み合うことで、組織全体の生産性が大きく向上するのです。

健康経営・福利厚生の具体的な対応策
ここからは、企業がどのようにウェルビーイングを高める取り組みを行っているのか、その具体策をいくつかご紹介していきます。
1.ジムやフィットネスに関する補助・サポート
(1)スポーツジムの会費補助
企業が社員のスポーツジム利用料を一部負担するケースは、比較的導入しやすい施策です。業務後や休日に運動しやすい環境を整えるだけでなく、ジム側と法人契約を結ぶことで割引優待などの特典を得ることもできます。(2)オフィス併設やインストラクターの派遣
大手企業の中にはオフィスビルに自社専用のフィットネスルームを設置し、社員向けにヨガやエアロビクス、筋力トレーニングなど多彩なプログラムを提供している例もあります。また、外部のインストラクターを定期的に招き、オフィスの会議室を利用してレッスンを開催することも増えています。これらの取り組みは、休憩時間や業務後にすぐ運動できるという利便性から、運動習慣の定着に効果的です。2.健康相談やメンタルヘルスケアの導入
(1)産業医・カウンセラーとのオンライン面談
健康経営を推進するうえで欠かせないのが、産業医やカウンセラーによる専門的なサポートです。最近ではオンライン面談が主流になっており、社員が自宅や別拠点からでも気軽に相談できる仕組みを整えている企業が増えています。特に、テレワーク中心の働き方では孤立感やストレスを抱えるケースも多いため、オンライン面談のハードルを下げる施策は効果的です。(2)ストレスチェックとフォローアップ体制
企業は法令で年1回のストレスチェックが義務づけられているものの、それを形だけで終わらせるのではなく、結果に基づいたフォロー体制をどれだけ整備するかがカギとなります。高ストレス者への個別面談や組織課題の抽出・改善策の立案などを行うことで、社員一人ひとりのメンタルヘルスを手厚くサポートできます。3.マインドフルネス・瞑想の導入
(1)短時間の導入で得られる集中力
マインドフルネスや瞑想というと「宗教的」「スピリチュアル」といったイメージを抱く人も少なくありませんが、近年はビジネスシーンにおける効果が科学的に実証されつつあります。たとえば、1回5分~10分の短い瞑想を日々のルーティンに取り入れるだけでも、ストレスホルモンの減少や集中力の回復が期待できるとされています。(2)ワークショップやアプリ活用
企業によっては、専門の講師を定期的に招いてワークショップを開催し、社員が正しい呼吸法やリラックス法を学ぶ機会を設けています。また、スマートフォンのアプリを利用して毎日数分のガイド付き瞑想を行うなど、テクノロジーを活用した取り組みも増えています。簡単に始められる割に、効果が実感しやすいという点で人気が高まっています。4.その他の福利厚生アイデア
ウェルビーイングを高めるための福利厚生は、運動やメンタルケアだけではありません。
以下の内容を参考までに挙げておきます。
【健康的な食事サポート】
社員食堂でのメニューの栄養バランスを見直したり、サラダやスムージーなどヘルシーな選択肢を増やすことで体調管理を促します。【ウォーキングミーティングの奨励】
ミーティングの一部を屋外や社内の廊下で歩きながら実施し、血行促進とアイデア喚起を同時に狙うことができます。【ウェアラブル端末の導入補助】
万歩計や睡眠計測機能付きのスマートウォッチを社員に配布または購入補助し、自分の健康状態を数値で可視化して管理できるようになります。 これらの施策は、小規模であっても積み重ねることで全社員が健康を意識するきっかけになり、企業文化の変革に寄与します。単発のイベントや外部委託だけでなく、社員とのコミュニケーションを密にとりながら「これなら続けられる」「もう少し工夫すれば楽しくなる」という声を拾い、継続的に取り組んでいくことが大切です。
社員のコンディション管理が業績に結びついたケーススタディ
想定される導入前の課題と導入後の変化
ここでは、あるIT系企業A社の事例を基に、具体的な課題と改善までの道のりを見ていきましょう。 ■ よく起こり得る課題:高まる離職率と低下する生産性
A社は急成長を遂げたベンチャー企業で、社員数が短期間で数十名から数百名規模に拡大しました。一方で、業務量の急増や役職者の育成不足、コミュニケーションの断絶などが重なり、多くの社員が慢性的なストレスを抱えるようになっていたのです。 その結果、 •離職率:年平均で10%台前半だったものが20%近くに急上昇
•生産性指標:1人あたりの月間成果(売上・契約件数など)が前年同期比で15%ダウン といった深刻な状況が表面化することもあるのです。 ■ 導入後の変化
ストレスマネジメント施策と健康支援による改善 このままでは優秀な人材が次々に流出してしまうと危機感を抱いた経営陣は、人事部門を中心に「健康経営プロジェクトチーム」を結成。以下の施策を一斉に導入しました。
①週1回のオンラインカウンセリング
外部の専門カウンセラーと契約し、社員が15分~30分単位で気軽に相談できる仕組みを構築し、ストレスやキャリア相談はもちろん、プライベートな悩みも相談できる窓口として活用しましょう。②マインドフルネス&軽運動プログラムの導入
オンライン瞑想会を昼休みや終業後に開催。1回5~10分程度で簡単に実践できるガイドを用意することもできます。また最近多いのは、フィットネストレーナーを週に1度会社へ招き、自宅でもできるストレッチやヨガ動画を配信することなども可能なようです。③業務フローの見直しとノー残業デー導入
無理なく仕事を進められるようにスケジュール管理ツールを導入し、タスクの可視化を徹底しましょう。部署ごとに週1日のノー残業デーを設定し、定時退社を促進することができます。 社員アンケートでは「健康支援が始まってから職場の雰囲気が良くなった」「気軽に相談できる場があるのはありがたい」という肯定的な意見が多く集まりました。さらに、生産性指標も前年並みに回復。特にクリエイティブな案件を担当する社員からは「集中力が戻ってきた」という声が上がり、業務効率や成果が徐々に向上していったのです。具体的な取り組み内容と評価
A社の例から見えてくるのは、複数の施策を同時かつ継続的に行うことの重要性です。どれか一つだけの施策では、抜本的な問題解決につながらない可能性が高く、また社員の全員にアプローチできるわけではありません。
1.多様なニーズへの対応
マインドフルネスや瞑想に興味がある人もいれば、体を動かして発散したい人もいる。さらに、一人で静かに休みたい人もいれば、誰かに話を聞いてもらいたい人もいる。こうした「人それぞれの違い」を受け止められる施策群が必要。2.費用対効果(ROI)の測定
健康経営施策にかかるコストと、その結果生じるメリット(離職率の低下、医療費負担の軽減、業務効率化による売上アップ)を定期的に比較することで、導入の継続判断がしやすくなるでしょう。 A社の場合、オンラインカウンセリングにかかる費用は、カウンセラー1名との契約料と面談数に応じた従量課金程度で済み、離職率が下がることによる採用コスト削減や研修費用の減少を考えれば、充分にペイできるという判断が下されるわけです。従業員満足度・エンゲージメントの向上
健康支援施策は、単に「疲弊を防ぐ」だけでなく、「自分の会社は自分の健康を大切にしてくれている」「安心して働ける」というプラスの印象を与えます。結果として、社員が自社に愛着を持ち、他の社員との連帯感やチームワークの向上にもつながるため、組織全体が活性化します。健康経営に関する取り組みは、外部評価やブランドイメージの向上にもつながります。就職・転職活動を行う人材にとって、企業が「社員の健康と成長を重視しているかどうか」は選択の大きなポイントになっています。福利厚生や健康支援施策が充実している企業は、優秀な人材を惹きつけやすいといえるでしょう。 ●社会的評価・信用度の向上健康経営の優良法人に認定されたり、自治体や業界団体から表彰を受けたりすることで、取引先や顧客からの信頼が高まるケースも多々あります。 こうしたポジティブな評価は、社内のモチベーションアップにもつながり、良い循環が生まれるのです。

ウェルビーイングを実践する際のポイント
①トップダウンとボトムアップ両面の体制づくり
健康経営施策を成功させるためには、経営層の理解と積極的な支援、そして現場からの自発的なアイデアと参加の両立が不可欠です。
•トップダウンアプローチ
経営層や管理職が「健康経営は企業成長に直結する重要戦略である」という考えを明確に打ち出し、具体的な目標設定やリソース配分を行います。言い換えれば、経営陣が「健康経営=コスト」ではなく「投資」だと捉え、積極的にコミットする必要があります。•ボトムアップアプローチ
一方で、現場レベルでは社員同士がサークルやコミュニティを作り、運動や健康知識を共有し合う仕組みが有効です。企業が小規模でも支援金や会場を提供することで、社員発の活動が大きく花開く可能性があります。こうした活動が自発的・継続的に行われるほど、職場全体に健康意識が浸透しやすくなります。②定期的なフィードバックと改善
「健康経営施策を導入したら終わり」ではなく、PDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)を継続的に回すことが重要です。
施策の効果測定
•アンケート調査やKPI(離職率、生産性、医療費など)を用いて、どの取り組みが社員に好評か、費用対効果が高いかを見極めます。•集めたデータを分析し、次の施策や改善に活かすことで、無駄なコストを抑えながら効果的な健康経営が実現できます。
頻繁なコミュニケーション
•社内SNSや社内報などを活用して、「新しい福利厚生の紹介」「参加者の声」「成功事例」を定期的に発信します。•社員に「自分たちが取り組む健康経営の意味や効果」を実感してもらうことで、施策への参加意欲や協力姿勢が高まります。 上記のようなポイントを意識して、ぜひ実践してみてください。

まとめ
心身ともに健やかであることが、会社や組織の成長と高いレベルで結びつく時代が訪れています。企業が社員一人ひとりのウェルビーイングに積極的に投資し、互いに支え合う文化を育むことで、働く人々の幸福感が高まり、結果として企業も社会もより豊かなものになっていくでしょう。 「ウェルビーイング×仕事のパフォーマンス」の考え方は、一時的なトレンドではなく、今後の企業経営においてますます欠かせない要素となっていくはずです。ぜひ、本コラムで紹介した事例やポイントを参考にしながら、健康経営の可能性を自社に取り入れてみてください。社員と企業が互いにメリットを得られる、持続可能な成長の道筋を切り開く大きな一歩となるでしょう。
【執筆者情報】
ビジネスゲーム研究所 米澤徳晃
研修会社に入社後、研修営業、研修講師業に従事。その後、社会保険労務士法人で人事評価制度の構築やキャリアコンサルティング活動に従事。その後、独立。講師登壇は年間100登壇を超え、講師としてのモットーは、「仕事に情熱を持って、楽しめる人たちを増やし続けたい」という想いで、企業研修を行っている。