ビールゲームで読み解くサプライチェーンの本質とは?-情報共有と在庫管理がもたらす組織力強化のヒント

ビールゲームで読み解くサプライチェーンの本質とは?-情報共有と在庫管理がもたらす組織力強化のヒント

ビールゲームで読み解くサプライチェーンの本質とは?-情報共有と在庫管理がもたらす組織力強化のヒント

現代のビジネスにおいて、サプライチェーンの最適化は企業の競争力を左右する非常に重要な課題です。製造業や小売業だけでなく、サービス業やIT業界においても、部門をまたいだ情報共有と需要予測の精度向上は大きなテーマとなっています。そんななか、MIT(マサチューセッツ工科大学)で開発され、今もなお世界中で研修や教育プログラムに取り入れられている「ビールゲーム(Beer Game)」は、サプライチェーン・マネジメントの本質を学ぶための有名なシミュレーションゲームとして知られています。

「ビール」という響きからは、「大人のパーティーゲーム?」というイメージを抱くかもしれませんが、このゲームでは実際のビール生産・流通・販売の流れをモデル化することで、需要予測や在庫管理がもたらす複雑な現象を分かりやすく体験できる仕組みになっています。企業の研修や大学の講義でもしばしば取り上げられる理由は、ゲームを通じて“頭と身体の両方”でサプライチェーンの難しさを実感できるからにほかなりません。

本コラムでは、ビールゲームの歴史的背景や基本ルール、そしてゲームを通して起こりがちな「ブルウィップ効果」などの典型的な現象について解説します。さらに、その学びを実際の企業経営や組織学習へどのように応用できるのか、具体的なポイントをご紹介していきます。

ビールゲームの概要

歴史的背景と開発の経緯


ビールゲームは、1950年代後半から1960年代にかけてMITで研究されていたシステムダイナミクス理論の実証・教育ツールとして生まれました。システムダイナミクスは、ジェイ・フォレスター(Jay W. Forrester)によって確立された学問分野で、組織や社会のように多くの要素が相互に影響し合う複雑なシステムを「動的」に理解するための手法です。

当時、製造業や流通業など、モノを扱うビジネスにおいて「需要の変動」がサプライチェーン全体にどのような影響を与えるかを可視化する手段は限られていました。そこで、需要と在庫をシンプルな形で表現できる例として、ビールの流通プロセスが選ばれたのです。ビール工場から卸業者、代理店、小売店へとビールが運ばれ、最終的に消費者が購入する――その流れをテーブルゲーム化したものが、ビールゲームの原点でした。

基本ルールと進め方


ビールゲームでは、通常以下の4つの役割をプレイヤーがそれぞれ担当します。

 1.工場
 2.一次卸売
 3.二次卸売
 4.小売店

ゲームは週単位で進行し、各プレイヤーは毎週の需要を予測しながら、次のような流れで行動します。

1. 前週に受けた注文に対して、手持ちの在庫で対応できる分を出荷する。
2. 出荷できない分がある場合は「バックオーダー(未達注文)」として残る。
3. 今週自分がどれだけの量を上流のサプライヤーに発注するかを決定する。
4. 発注した商品が届くには、通常2週間程度のリードタイムが発生する。

このとき、プレイヤー間のコミュニケーションや情報共有には制限が設けられます。たとえば、工場と卸売業者がリアルタイムに「どのくらい在庫を持っているか」や「需要予測はどれくらいか」を共有することはできません(ゲームによってルールは多少異なる場合があります)。結果的に、各プレイヤーは「自分の視点」でしか状況を把握できないため、需給ギャップが生じやすくなります。

ゲームにおける典型的な現象


ビールゲームを通じて最も顕著に現れる現象が、いわゆる「ブルウィップ効果(Bullwhip Effect)」です。鞭(むち)の先端が大きくしなるように、小売店の需要の小さな変動が、サプライチェーンをさかのぼるにつれてますます大きく増幅されてしまう現象を指します。

•小売店で需要がほんの少し増えると、「このまま需要は伸びるかもしれない」と考えた小売店は在庫切れを恐れてやや多めに注文する。
•卸売業者は小売店からの注文を見て、「市場の需要が急増している」と判断し、さらに多めに在庫を準備しようとする。
•工場はその情報を受け、「将来的な品薄を防ぐために生産量を増やそう」と判断する。

結果として、サプライチェーン全体が「実際の需要以上に」在庫を抱えたり、生産を増強したりする状況が発生します。需要が落ち着いた際には、過剰在庫となって企業の利益を圧迫する要因となり、経営に大きなダメージを与えかねません。

ビールゲームから学べること

ブルウィップ効果の本質

ブルウィップ効果は、ビールゲームの最大の学びの一つです。ここで重要なのは、誰か一人が特別に「ミス」をしているわけではないという点です。むしろ、各プレイヤーはそれぞれの立場で“合理的に”行動しているにもかかわらず、サプライチェーン全体では「非効率」な結果が生まれてしまうのです。

現実のビジネスにおいても、部門や担当者が自らのKPIやミッションをまじめに追求した結果、他部門と足並みがそろわず不必要な在庫やコストが発生することが少なくありません。ブルウィップ効果は、サプライチェーンを“個々の最適”ではなく、“全体最適”で考える必要性を如実に示してくれます。

コミュニケーションと情報共有の重要性

ビールゲームでは、情報の分断がいかに大きな混乱を招くかが体験できます。ゲーム中、小売店側が「週あたり20ケース程度の注文が続きそう」と思っていても、その情報がすぐに工場には届きません。また、工場が「設備の故障で一時的に生産が追いつかない」と判断していても、それが小売店に共有されない限り、プレイヤーは自分なりの推測でしか行動できません。

これは現実の企業においても同様で、「営業と生産が違う指示を出している」「在庫管理担当とマーケティングが数字を共有していない」といった事態がよく起こります。ビールゲームを通じて、情報共有の速さや正確さが、サプライチェーン全体の安定にどれほど寄与するかを学ぶことができます。

在庫管理やリードタイムの考え方

サプライチェーン・マネジメントの世界では、リードタイムの短縮が一つの重要課題です。製造にかかる時間や配送にかかる時間、受注処理にかかる時間など、あらゆるステップの合計が「リードタイム」になります。

ビールゲームでは、このリードタイムが「需要変動を予測しにくい」要因のひとつとして明確に浮き彫りになります。発注してから実際に商品が届くまで2週間かかるゲーム設定の場合、いま“需要が増えるかもしれない”と考えて多めに発注しても、実際にその在庫が手元に届くのは2週間後。一方、需要が減少に転じた場合でも、2週間分の発注はキャンセルできません。

このようにリードタイムと在庫管理は密接に関わっており、短縮できるところは短縮し、計画と実際の需給をなるべく小さなズレにとどめる努力が、サプライチェーン効率化には欠かせないわけです。

意思決定プロセスの見直し

ビールゲームをやってみると、「自分が出した注文がチーム全体にどう影響するか」を否応なく考えさせられます。工場担当者が“念のために”多めに生産を決定すれば、その先にいる卸や代理店、小売店にもそれなりの負担がかかります。逆に、小売担当者が“とりあえず”大量発注をかければ、工場はそれに対応しようと在庫を積み上げるかもしれません。

こうした連鎖を防ぐには、各プレイヤーが「チーム全体の状況」を見通して判断する必要があります。現実の企業に置き換えれば、各部署が連携しながら最適な量やタイミングをすり合わせる、「統合された意思決定プロセス」の重要性を示唆しているのです。

実際の企業や現場への応用

サプライチェーン・マネジメントへの示唆

ここ数年、世界的なパンデミックや自然災害、地政学リスクなど、グローバル規模でのサプライチェーン寸断が大きなニュースとなっています。サプライチェーンが長大化・複雑化すると、需要予測のずれや部品調達の遅延は、あっという間に生産計画や販売計画を狂わせ、在庫不足や過剰在庫を引き起こします。

ビールゲームで体験できるブルウィップ効果は、こうした実世界の問題に対する警鐘でもあります。遠い海外拠点でのトラブルが国内拠点の生産を止めてしまったり、情報がうまく共有されずに過剰生産が続いてしまったりするリスクを減らすには、部門や国境を超えて“見える化”を進める必要があります。

各部門間の連携強化とデジタル化

現代の企業では、サプライチェーン管理ソフトウェアやERP(Enterprise Resource Planning)を導入し、リアルタイムに需要・在庫・生産状況を共有する取り組みが盛んに行われています。しかし、システム導入だけに頼ってしまうと、現場の担当者同士が「データの読み方がわからない」「分析結果を共有しない」といった問題が生じることも少なくありません。

ビールゲームは、システムや数字だけでは分かりにくい「人間の心理的な要素」も含めて考えさせてくれます。真に連携を強化するには、システムの導入だけでなく、部門間がコミュニケーションしやすい組織風土をつくり、データを共有する意義を全員が理解することが大切です。

在庫戦略と顧客サービス水準のバランス

「在庫は悪」と言われる一方で、在庫がなければ顧客が望むタイミングで商品を提供できない可能性が高まります。このサービス水準をどう保つかは、企業の収益や顧客満足度にも直結します。

ビールゲームでは、在庫を増やしすぎたら在庫コスト(保管コスト)が膨らみ、減らしすぎれば需要に応えきれず、未達注文(バックオーダー)が増えるという板挟み状況に直面します。こうした葛藤は「ちょうどいいバランス」を探る上で非常に重要であり、ゲーム後の振り返りで「在庫戦略は経営戦略の一部」として捉えるきっかけにもなるのです。

ビールゲームを通じた組織学習のポイント

チームビルディングへの活用

ビールゲームは、複数人が協力して進めるテーブルゲーム形式であることから、チームビルディング研修としても高い効果を発揮します。ゲームの進行中、プレイヤーが熱中するあまり、ついつい責任を押し付けあったり、先走りの行動を取ったりする場面が出てきますが、それがまた学びのタネになるのです。 ゲーム後のディスカッションでは、「どうすればもっとスムーズに連携できたか」「各ロール同士のコミュニケーションの取り方は適切だったか」などを振り返ることで、お互いの思考や行動様式を理解する機会にもなります。

問題発見・問題解決型の思考トレーニング

ビールゲームでは、リアルタイムに問題が噴出します。

• 小売店が急に大量注文を始めたために、卸売業者がパニックに陥る。
• 工場が稼働停止してしまい、全く出荷できない週がある。
• 発注が遅れた結果、在庫が尽きてバックオーダーがかさむ・・・。

こうしたトラブルを、ゲームの中でどう捉えて解決に導くかは、実務でもそのまま通用する経験です。問題を単なる偶然や運のせいにするのではなく、「なぜその現象が起きたのか」「今後どう対処すべきか」を論理的に考える力が養われます。

学びを定着させるためのフィードバックの方法

ゲームを実施して盛り上がるだけで終わってしまうのは非常にもったいないことです。ビールゲームでは、特にゲーム後の振り返りやディスカッション、そして講師やファシリテーターからのフィードバックが学びの要となります。

• 「リードタイムを正しく把握していたか」
• 「チーム内で需要情報をどう共有していたか」
• 「自分の判断が他プレイヤーにどんな影響を与えたか」

こうしたテーマを掘り下げることで、ゲームで得た気づきを自社の具体的な業務上の課題に落とし込むことができます。この工程を踏むことで、「あのゲームの体験が、実際にこんな形で役立ちそうだ」という実感が得られ、学びの定着率が飛躍的に高まるのです。

ビールゲームは、単なるシミュレーションゲームの域を超えて、サプライチェーン・マネジメントの本質を教えてくれるツールです。需要予測や在庫管理、そして部門をまたいだ意思疎通が、どれほど業績や顧客満足度に影響を及ぼすかを“体験”として学べる点が最大の魅力と言えるでしょう。 システムダイナミクスの概念を背景に開発されたビールゲームは、現実のビジネスと驚くほど似た形で「情報の遅延」や「心理的な不安」が大きな問題を生む可能性を示しています。それは、現場や経営層において、「本当に必要なのは何か」「どこにボトルネックが潜んでいるのか」を改めて問う契機にもなります。

近年はDX(デジタルトランスフォーメーション)の波が世界的に広がり、サプライチェーン全体をリアルタイムに可視化できる技術が次々と登場しています。しかし、その根底にある考え方――情報を適切に共有し、部門を超えた協働で需給を最適化する重要性――は今もなお変わりません。ビールゲームを通じて得られる学びは、まさにこの時代にこそ必要とされているのではないでしょうか。


まとめ


ビールゲームは、ゲームとして楽しめるだけでなく、サプライチェーンの奥深さを肌で感じる貴重な教材です。激変する世界情勢の中で、企業が持続的に成長するためには、需給ギャップをいかに最小化するか、そして部門間やパートナー企業との連携をいかに強固にするかが鍵となります。

ぜひ、組織の研修やプロジェクトの一環としてビールゲームを取り入れてみてはいかがでしょうか。ゲームを通じて得た気づきを共有し合い、現場に実装するプロセスが、さらなる組織力の向上につながることでしょう。


【執筆者情報】

ビジネスゲーム研究所 米澤徳晃

研修会社に入社後、研修営業、研修講師業に従事。その後、社会保険労務士法人で人事評価制度の構築やキャリアコンサルティング活動に従事。その後、独立。講師登壇は年間100登壇を超え、講師としてのモットーは、「仕事に情熱を持って、楽しめる人たちを増やし続けたい」という想いで、企業研修を行っている。

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