研修は、その場の行き当たりばったりで企画されることが多いとよく耳にしますし、実際、そういった企業さんにお会いすることも少なくありません。
仮にみなさんが人事なら、どんなことに着目して、
新入社員の研修を設計していきますか?
●元気さやあいさつの声の大きさが足りないから、ビジネスマナーでは、あいさつの練習をやらせようかな?
●内定者たちは提出物の期限があるのに、連絡が遅くなることも多々ある。やはり報連相をきちんと体験して学ばせる必要があるかも。
など、現在の内定者たちの様子や課題から検討していく方法も1つです。
行き当たりばったりで企画することが決して悪いわけではありませんが、せっかくなら、年間での育成計画や育成ビジョンを明確に決めた上で実施できた方が効果測定もしやすいはずです。
研修計画や育成計画を作り、実際の研修プログラムを考える際に役に立つのがインストラクショナルデザインという考え方です。
インストラクショナルデザインとは、企業研修などの教育の場において、効率的に、かつ、高い学習効果が得られるように教育を設計・実施することです。
※「インストラクショナル(instructional)」=「学習・教育の単位」の意味、「デザイン(design)」=「設計」の意味
教育業界では、ここ15年、このインストラクショナルデザインが1つの研修設計方法の主流とされてきており、「なんとなく」や「行き当たりばったり」になりがちな研修を体系的に検討できるため、人事の方々が知っておきたい教育設計論になっているのです。
今回は、そのインストラクショナルデザインについて、ご紹介していきたいと思います。
インストラクショナルデザインが生まれた背景
インストラクショナルデザインのもととなった起源は、第2次世界大戦中に米軍によって築かれたとされています。米軍は当時、大量の新任兵を早急に訓練し、銃の取扱い方をはじめとするさまざまな戦闘技術を習得させる必要に迫られたからです。
戦後になり、米軍が開発したインストラクショナルデザインは、企業や学校における教育に引き継がれました。その後、心理学や情報理論などによる修正を受けながら、現在に至っているのです。
インストラクショナルデザインを考える上で、重要な2つのこと
インストラクショナルデザインを用いる上で、重要なことは、大きく2つあるとされています。
①研修の目的を明確にすること
②研修後のゴール状態(行動目標)を明確にすること
まず1つ目は、「研修の目的を明確にすること」です。
何のために研修を導入するのか?をきちんと言語化し、明確化していくことが大切です。
仮に、新入社員にビジネスマナー研修を行うとしましょう。
何のためにビジネスマナーを導入するのか?
例えば、営業職など、お客様と交流する機会が多い職種であれば、名刺交換が正確にできるようになる必要があるため、名刺交換がきちんとできるようになってほしい。というのも、目的といえるでしょう。仮に、「『名刺交換』だけ覚えてもらえれば良い」ということであれば、敬語や言葉遣い、電話応対、メール対応といった内容は省いてしまうことも可能なのです。(※基本的には省くことはあまりありませんが、、、)
2つ目は、「研修後のゴール状態(行動目標)を明確にすること」です。
先程の『名刺交換』の例でいうと、現場に行った際に、ミスなく、相手に失礼がないような名刺交換がきちんとできるようになったかどうか?というような行動が変わり、成果に繋がったかどうかがゴールなのです。ビジネスマナーなどのポータブルスキル(業界に関係ないビジネススキル)で言えば、行動が変わったかどうか判別しやすいですが、スタンスなどのマインド系は、行動変容につながったかどうか判別しづらいという点もあります。
判別しづらい、効果があったかどうかわからない。そうならないためにも、研修後にどういった行動が起こしくれたらどうか?という善し悪しがきちんと判断できるようにゴールを明確にしていくことが大切です。
研修の目的やゴール状態を明確にした上で、研修を設計していきましょう。
教材・研修づくりの具体的な順番のIDプロセス
IDプロセスとは、教材や研修を開発するときに、どのような活動を行っていけばいいのかをプロセスとして示したものです。 IDプロセスは、TOTEモデル、SCRSモデルなど、いくつか存在していますが、最も有名なものがADDIE(アディ―)モデルと呼ばれるものです。
ADDIEモデルとは、それぞれアルファベットの頭文字を取ったものです。
ADDIEモデル
A:Analysis(アナリシス) 分析
D:Design(デザイン) 設計
D:Development(ディベロップメント) 開発
I:Implementation(インプリメンテーション) 実行
E:Evaluation(エヴァリュエーション) 評価
分析→設計→開発→実施→評価+都度、改善や改訂
ADDIEモデルでは、研修計画を立てる上で、まずは何から手を付ければいいのか?、わかりづらいところが明確になり、研修計画の構築をする上での手順が明確になっていきます。各ステップで具体的にどのようなことをすればいいか?が考えやすくなることで、人事経験が少ない方でも、より効果の高い教育内容を導き出せるようになるのです。
具体例から見るADDIEモデルの使い方
それでは、具体的に、ADDIEモデルの各ステップで、どのようなことをしていけばいいのかを詳細に見ていきます。 イメージをしやすくするために、以下のような事例と共に確認していきましょう。
E社では、最近、社内のコミュニケーションが取れておらず、営業担当と納品担当で、やり取りに行き違いが発生し、お客様からお叱りを受けるケースも多発し、問題視されていました。コミュニケーション不足になっているのは、営業担当も納品担当も新人~若手が多いようです。
ステップ①:Analysis(分析)
教育のニーズを分析し、学習目標を明確にします。 分析する際は、下記のようなポイントを意識しましょう。
【目的設定】
●研修の必要性の明確化
→なぜ教育が必要なのかの目的を明確にしましょう
(例)お客様からクレームがきてしまっている、コミュニケーションロスで、やり取りに時間が掛かってしまっている。など
【原因分析】
●問題の明確化
→問題が起こっている原因は何かを分析しましょう。
(例)コミュニケーション不足が起こっているのは、リモートワークで打ち合わせがしづらいから?単純な確認連絡するのが億劫になってしまっているから?など
【対象者の設定】
●受講対象者の明確化
→受講対象者は誰かを決めていきましょう。
(例)若手営業担当者、若手納品担当者など、
●教育期間の明確化
(例)長期的な教育が必要か、短期的な研修で問題ないかどうか。
→若手のコミュニケーションを自分から主体的に取ることへのマインド育成が必要(長期的)、チャットなどの活用方法を理解させることが必要(短期的)……など
【ゴール状態設定】
●理想とする状態や学習目標の明確化
→その教育を行ったことで受講者にどういった行動変容を期待しているのかを明確にしていきましょう。
(例)メールでのやり取りだけではなく、チャットやLINEで必ず連絡を取ることを研修で話し合い、ルール化して運用する など
【研修後の振り返り基準の設定】
●評価基準、合格基準の明確化
→何が評価のポイントになるのか、合格の基準になるのかを決めましょう。
(例)受講直後の理解度テスト、アンケート、行動目標の設定と現場での振り返りなど
Analysis:分析の手順で、重要なのは、起こっている問題の上辺の現象だけではなく、客観的なデータや複数の人たちへのヒアリングをもとに、本当に何が問題なのか、を明確にしていくことが大切です。ここで、分析をおろそかにしてしまうと、問題解決に向けた必要な研修カリキュラムと実際の研修内容が大幅にズレてしまう、という可能性が高まりますので、要注意です。
ステップ②:Design(設計)
ステップ①で分析した内容をもとに、教育内容の全体概要を作成していきます。
設計の際は、次のようなポイントを意識しながら進めましょう。
●学習目標の具体化
→その教育を受講した際の学習目標を決めましょう。
(例)コミュニケーションは発信者側と受信者側の双方向の立場の違いの理解を高めることが重要。リモート環境下でも必要な聴く姿勢、訊く姿勢などのコミュニケーションの取り方を実践して、習得するなど
●評価基準、合格基準の具体化
→学んだ内容の理解度をどのように評価するかを決めましょう。
(例)研修終了後、テストで当日の理解度を測る、半年後にお客様からのクレーム件数が変化しているかを確認、現状から50%減少していれば合格など
評価基準は、研修終了直後の内容の理解の確認と、現場に戻ってから実際に行動変容しているか、という少し期間をおいてからのものと両方を考えておくと良いです。
●学習対象者の具体化
┗対象層、人数を決めましょう。
(例)若手営業担当者10名、若手納品担当者10名など。
●学習期間の具体化
(例)2日間研修。半年後にフォローアップ研修を半日。など。
●研修内容の具体化
┗どのような内容をどのような目的、順番、手法で構成するかを考えましょう。
(例)イントロダクション(導入)→講義「研修への意識づけ。コミュニケーションとは何かを理解する。」→ペアワーク「コミュニケーション不足を感じる理由を話し合う」など
どのような手法を使うかというよりも、何を目的に学んでほしいのかに重点を置いて構成を考えていきましょう。
ステップ③ Development(開発)
ステップ②で描いた設計図をもとに、具体的な研修教材(テキスト)の作り込みや、受講環境の整備を行います。
研修会場に社員が集まる集合型研修であれば、会場の準備、教材作成を行い、外部講師に研修を依頼するのであれば外部講師との打ち合わせ及び手配を行う。またeラーニングであればシステムの導入など、実施に向けての具体的施策を行っていきます。
(例)研修で使用するパワーポイントを使ったテキスト作成、集合研修内でのワークの素材準備、授業終了後のテスト、アンケート準備など。
ステップ④ Implementation(実施)
ステップ①~③までで、準備したことを、実施します。
インハウス(社内)で研修を実施する前に、デモ運営、リハーサルといった事前練習をしておくと安心して進めることができるのでオススメです。
ステップ⑤ Evaluation(評価)
ステップ④(研修終了後、教材の閲覧完了)の実施後は、具体化した評価基準、合格基準や教育終了後のアンケートなどをもとに実施した内容の見直しをしていきます。
次のような内容を意識して評価をしていくと良いと思います。
●受講者の教材、講師への満足度
(例)研修終了後のアンケート評価など。
●講者の理解度
(例)研修終了後のテスト、講師からの受講者に対する印象のフィードバックなど。
●学習目標の達成度
(例)期間をおいたアンケートでコミュニケーションのやり取りでロスが減ったかどうかの確認。評価方法に基づく顧客からのクレーム対応履歴の確認、3ヶ月後のクレーム件数変化など
研修実施後の評価をもとに、さらにADDIEモデルを回しながら、次回の教育内容の見直し、ブラッシュアップをしていきます。
ADDIEモデルで1番ダメなのは、『やりっぱなし』で終わらせてしまうことです。
研修を1回行ったら、検証することもなく、「良かったね~」で、実は終わらせてしまいやすいのです。研修をやりっぱなしにするのではなく、実施した後に各ステップをきちんと振り返り、同じ研修内容でも研修効果を高めていくためのPDCAを回していく必要があるのです。
今回は、研修をより効果的にしていくための研修設計方法の1つであるインストラクショナルデザインについて、ご紹介していきました。 なんとなく、行き当たりばったりで考えてしまいがちな研修ですが、より効率的に効果的にしていくためには、研修設計のフレームワークを活用して考えてみることをオススメします。新入社員研修を考える上でも、とても役に立つ考え方ですので、ぜひ参考にしてみてください。
インストラクショナルデザインの参考図書
<参考図書>
中原淳(編)、荒木淳子、北村士朗、長岡健、橋本諭(2006)『企業内人材育成入門 人を育てる心理・教育学の基本理論を学ぶ』ダイヤモンド社.
河村一樹(2009)『e-learning入門』大学教育出版.
ビジネスゲーム研究所 米澤徳晃
研修会社に入社後、研修営業、研修講師業に従事。その後、社会保険労務士法人で人事評価制度の構築やキャリアコンサルティング活動に従事。その後、独立。講師登壇は年間50登壇を超え、講師としてのモットーは、「仕事に情熱を持って、楽しめる人たちを増やし続けたい」という想いで、企業研修を行っている。