近年、企業経営のあり方に大きな変革が求められています。気候変動や人口減少、デジタルトランスフォーメーションなど、私たちの社会はこれまでにないスピードで変化を遂げています。その中で注目されているのが「パーパス経営」という考え方です。従来の利益重視型の経営から一歩進み、企業の存在意義を軸にした新しい経営手法は、単に事業の成長を目指すだけでなく、社会全体に価値をもたらすことを目的としています。本記事では、パーパス経営の基本概念や背景、具体的な事例、導入方法、そしてそのメリットと課題について詳しく解説し、企業が未来を切り開くためのヒントを提供します。
パーパス経営とは何か？
パーパス経営の基本概念
パーパス経営とは、企業の存在意義や社会的使命を明確にし、それを基盤に事業運営を行う経営手法を指します。ここで重要となるのは、パーパスが単なる「理念」や「スローガン」に留まるのではなく、具体的な行動指針や戦略に結びついていることです。たとえば、ある企業が「地球環境を守る」というパーパスを掲げている場合、それは製品開発や調達プロセス、物流に至るまで、すべての業務プロセスに反映されるべきものです。
従来の経営手法とパーパス経営の違い
従来の経営が、売上や利益といった短期的な数値目標を重視してきたのに対し、パーパス経営では、社会的な価値創造を主軸とします。たとえば、株主価値の最大化を目指すのが一般的な経営目標だったのに対し、パーパス経営は「社会や環境にどのように貢献するか」を問います。この違いは、顧客や従業員からの支持を得る手段としても、長期的な競争力の源泉となります。
世界的にパーパス経営が注目されている理由
近年、消費者や投資家の価値観が大きく変化しています。特に、Z世代やミレニアル世代といった若年層は、企業が提供する製品やサービスだけでなく、その背後にある価値観や行動を重視する傾向があります。また、ESG投資の拡大も、パーパス経営が注目される一因となっています。具体的には、「社会的意義を持つ企業に投資したい」という投資家の意識が高まり、これが企業の経営方針に影響を与えているのです。
パーパス経営が求められる背景
社会や市場の変化
気候変動や資源枯渇、人口減少といった社会的課題が深刻化する中で、企業の役割が変わりつつあります。単なる製品やサービスの提供者ではなく、社会課題を解決する主体としての役割が期待されています。たとえば、自動車業界では脱炭素化が求められ、電気自動車（EV）の開発競争が激化しています。これらの動きは、企業がパーパスに基づいて社会的価値を提供する必要性を象徴しています。
企業の持続可能性の課題
短期的利益を優先する経営は、長期的には企業の存続を危うくする可能性があります。たとえば、環境負荷の高いビジネスを続ける企業が規制強化や消費者の批判を受け、市場から淘汰されるケースが見られます。一方、パーパスに基づき、サステナビリティを追求する企業は、長期的な競争優位を築いています。
ステークホルダーの期待の変化
顧客、従業員、地域社会といった多様なステークホルダーが、企業に対して高い透明性と倫理性を求めるようになっています。たとえば、フェアトレードやカーボンニュートラルといったキーワードが市場で注目される背景には、こうしたステークホルダーの価値観の変化があります。
最新のパーパス経営の事例
日本国内の注目企業
1.花王株式会社
花王は「豊かな共生世界の実現To realize a Kirei World in which all life lives in harmony」というパーパスを掲げ、環境負荷削減の取り組みを進めています。たとえば、詰め替え商品を推奨することでプラスチック廃棄物を削減し、社会的評価と顧客ロイヤルティの向上を実現しています。 2.良品計画（無印良品）
無印良品は、「人と自然とモノの望ましい関係と心豊かな人間社会」を考えた商品、サービス、店舗、活動を通じて「感じ良い暮らしと社会」の実現に貢献する。を理念に「持続可能な暮らしの提案」をし、地域社会との連携や環境保護活動に力を入れています。たとえば、地方創生プロジェクトでは、地域資源を活かした商品開発を通じて地域経済の活性化に貢献しています。
海外企業の成功事例
1.パタゴニア（Patagonia）
パタゴニアは「地球を救うためのビジネス」を掲げ、製品のリサイクル促進や環境保護活動への積極的な参加を行っています。同社の製品には、修理可能な設計やリサイクル素材が採用されており、消費者から高い支持を得ています。 2.ユニリーバ（Unilever）
ユニリーバは、「サステナビリティを暮らしの“あたりまえ”に」というパーパスを掲げ、すべてのブランドに社会課題解決の視点を組み込んでいます。たとえば、ダヴ（Dove）は「自己肯定感を高める」をテーマにしたキャンペーンを実施し、消費者の共感を得ています。
パーパス経営を実践するためのマネジメント手法
パーパス経営を組織全体に浸透させ、実践するためには、単に企業の理念を掲げるだけでは不十分です。それを具体的な行動に落とし込み、社員一人ひとりが自分事として捉える仕組みが不可欠です。以下では、トップダウンとボトムアップの融合、企業文化との統合、従業員の巻き込み方の3つの視点から、より深く考察します。
1. トップダウンとボトムアップの融合
パーパス経営においては、経営陣の強いリーダーシップが必要不可欠です。トップが明確なビジョンや方向性を打ち出し、パーパスに対するコミットメントを示すことで、全社的な共通認識が形成されます。しかし、トップダウンだけでは一方通行となり、現場との温度差が生まれやすくなります。現場の社員が「自分たちの意見も反映されている」と感じる仕組みを構築することで、パーパス経営が現実的な行動へとつながるのです。 社員アンケートやフィードバックの仕組み
定期的に社員アンケートや意見交換会を実施し、パーパスに基づいた経営方針や施策への意見を収集します。Googleは「社員からアイデアを集める文化」を大切にしており、全社員がアクセスできるオープンプラットフォームで意見を共有し合います。 ワークショップや対話の場の設定
特に中間管理職と現場社員がパーパスを具体的な行動に落とし込めるよう、対話の機会を設けます。たとえば、デンマークの製薬企業ノボ・ノルディスクでは、パーパスをテーマにした部門横断型ワークショップを定期的に実施しています。これにより、各部署の活動がパーパスに連動しているかを確認し、現場の意見を経営陣にフィードバックする仕組みを確立しています。 「MITスローン・マネジメントレビュー」の研究によると、トップダウンとボトムアップの組み合わせによる意思決定を行った企業は、従業員のエンゲージメントが30％向上し、業績面でも長期的な安定成長を達成しやすいことがわかっています。
2. 企業文化とパーパスの統合
パーパスが企業文化として定着しない限り、それは単なるスローガンに終わります。企業文化とは、社員一人ひとりが無意識に行う日々の行動や判断基準です。これをパーパスと結びつけることで、自然と組織全体が同じ方向に向かう力が生まれます。 パーパスに基づいた評価制度の導入
社員表彰制度や評価基準にパーパスへの貢献を盛り込むことで、日常業務での実践を促進します。たとえば、米国のアウトドア用品メーカーREIは、環境保護に貢献した社員を「環境ヒーロー」として社内で表彰し、その行動を称賛する文化を醸成しています。 日常業務にパーパスを反映する
パーパスに基づく「行動規範」や「意思決定のガイドライン」を策定し、会議や業務報告の場で共有します。たとえば、ある医療機器メーカーでは、「患者の生活向上を第一に考える」というパーパスに基づき、すべての意思決定に「患者目線」を必ず取り入れる仕組みを整えています。 組織風土の醸成
社内イベントや社外活動でパーパスに関連するテーマを取り上げ、体験を通じて価値観を浸透させます。日本では「社員一丸となって地域社会に貢献する」というパーパスの下、ボランティア活動や地域清掃を実施する企業も増えています。 コンサルティング会社アクセンチュアの調査では、パーパスが企業文化と一体化している企業は、従業員の仕事への満足度が50％以上高いというデータがあります。社員が自分の仕事を「意義のあるもの」と認識することで、主体的に働く意識が高まることが示されています。
3. 従業員の巻き込み方
パーパス経営を実践する上で最も重要な要素の一つが、従業員の共感と巻き込みです。トップが掲げるパーパスがいかに立派であっても、現場の社員が「自分の仕事と関係がない」と感じてしまえば浸透しません。そのため、社員一人ひとりが「自分の仕事がパーパスに貢献している」と実感できる取り組みが必要です。 教育・研修プログラムの導入
社員研修の中で、パーパスと自分の仕事のつながりを考えるワークショップを実施します。たとえば、食品企業ダノンは新入社員に「自分の仕事が社会に与える影響」を考える研修を行い、パーパスへの理解を深めています。 社内コミュニケーションの強化
社内報やイントラネットを活用し、パーパスに関連するストーリーや具体的な成功事例を発信します。たとえば、「〇〇部門の活動がパーパス達成にどう貢献したか」を共有することで、社員のモチベーションを高めます。 社員の主体的な活動支援
社員が自発的にパーパスに関連する活動を提案し、実行できる制度を設けます。具体的には、社内プロジェクトの立ち上げや、社外との協働活動の支援が挙げられます。 ハーバード・ビジネス・レビューの調査では、社員が企業のパーパスに共感している場合、離職率が20％低下し、業務パフォーマンスが最大で15％向上することが示されています。共感と巻き込みが組織全体の生産性に寄与することが実証されています。 パーパス経営を実践するには、トップダウンによる強いリーダーシップと、現場からの意見を反映するボトムアップの仕組みが不可欠です。また、企業文化とパーパスを統合し、従業員一人ひとりが自分の仕事に意義を感じられる環境づくりが求められます。パーパスをただのスローガンで終わらせず、具体的な行動指針として全社で実践することで、企業は持続可能な成長と社会的価値創出を両立させることができるのです。
まとめ
パーパス経営は、単なる経営のトレンドではなく、持続可能な社会とビジネスの未来を創るための基本的な考え方です。企業が短期的な利益を追い求める時代は終わりつつあり、今後は社会的意義やステークホルダーとの共感が企業の価値を決める重要な要素となります。自社のパーパスを明確にし、それを社員や顧客、さらには社会全体に共有することで、企業は長期的な成長を実現することができます。未来を見据えた経営を行うためには、今こそパーパスを基盤にした戦略を導入し、社会とともに歩む道を選ぶべきでしょう。持続可能な成長を目指し、パーパス経営を実践する第一歩を踏み出しましょう。
【執筆者情報】
ビジネスゲーム研究所 米澤徳晃
研修会社に入社後、研修営業、研修講師業に従事。その後、社会保険労務士法人で人事評価制度の構築やキャリアコンサルティング活動に従事。その後、独立。講師登壇は年間100登壇を超え、講師としてのモットーは、「仕事に情熱を持って、楽しめる人たちを増やし続けたい」という想いで、企業研修を行っている。