第一に、情報の非対称性が崩れてきたことです。インターネットの普及により、顧客は商品のスペックや他社事例を容易に収集・比較できるようになりました。営業担当者が説明する情報の価値は相対的に下がり、単なるカタログトークではもはや差別化になりません。 第二に、製品やサービスのコモディティ化です。特にITや製造、小売・流通業界などでは、各社が類似したソリューションを展開しており、スペックや価格で勝負をすることが困難になっています。その中で選ばれる営業パーソンは、製品そのものではなく、「顧客の未来を共に考えるパートナー」であることが求められています。 第三に、顧客自身が自社の課題を明確に把握できていないケースが増えている点も見逃せません。環境変化が激しい現代では、「本当の課題が何なのか」に悩む企業も多く、問題の表面しか見えていない場合もあります。だからこそ、営業側が深くヒアリングし、本質的な課題をともに“発見”しにいく姿勢が重要となるのです。 つまり、現代の営業における最大の武器は、「商品知識」や「プレゼン能力」ではなく、「課題発見力」なのです。 課題発見力とは、単に「お困りごとはありますか?」と尋ねることではありません。顧客の事業戦略、業界動向、組織体制、KPI、業務フロー、人材課題など、あらゆる観点から情報を収集・分析し、「今は見えていないが、将来的に問題になりそうな点」や「潜在的に効率を阻んでいる要因」を言語化する力のことです。 この力を持つ営業は、顧客から「単なる営業」ではなく、「経営の一部を担う相談相手」として信頼されるようになります。結果として、短期的な受注だけでなく、中長期的な関係性の構築や継続取引、アップセル・クロスセルといったビジネス拡大につながっていくのです。 しかし、現場ではこの「課題発見力」が体系的に学ばれているケースは少なく、多くの営業が“経験と勘”に頼ったスタイルから抜け出せていません。「うまく話を聞ける人」が自然に課題を発見している構図が続き、再現性のあるスキルとして部下に教えることができないマネージャーも少なくありません。 だからこそ、今あらためて「課題発見力」を“育成すべきビジネススキル”として捉え直す必要があるのです。 本コラムでは、その第一歩として、ソリューション営業に必要な「顧客課題の発見力」を高めるための考え方やフレームワーク、実践的な研修構成について体系的に紹介していきます。「提案力を鍛える」ためには、まず「課題を見抜く力」を磨くことから。営業組織の底上げ、ひいては企業全体のソリューション力向上につながる内容をお届けします。

顧客課題発見の本質とは
営業担当者が「お客様の課題をヒアリングしよう」と意気込んで訪問したものの、実際には「要望」や「悩みの断片」しか聞けずに終わってしまう――そんな経験は少なくありません。「課題を見つけよう」と意識するあまり、顧客に「困っていることはありませんか?」「お悩みは?」とストレートに尋ねてしまい、返ってくるのは「特にないですね」「まあ今のところは順調です」という反応。そこから先の展開に詰まり、「提案に結びつかない」「商談が深まらない」という壁にぶつかるケースが多々あります。 これは、「課題とは何か」という定義があいまいなまま、営業活動が行われていることに原因があります。
1 課題とニーズは違う ― 表層と本質を区別する
営業現場ではしばしば「顧客のニーズに応えることが重要だ」と語られます。しかしこの「ニーズ」という言葉には注意が必要です。 たとえば、顧客が「もっと操作性の良いシステムが欲しい」と言ったとします。この“要望”はあくまで表層の「ニーズ」であり、その背景には、 •現場の作業効率が悪くなっている
•ミスが多発している
•教育コストがかかっている
など、さまざまな“課題”が潜んでいる可能性があります。 このように、ニーズは「こうしたい」「これが欲しい」という“解決手段”に近いものである一方、課題とは「なぜ、それが必要なのか?」という“存在理由”に踏み込んだ部分です。ニーズに飛びつく前に、課題の構造を探る姿勢が求められます。
2 課題とは「目標と現状のギャップ」である
ビジネスにおいて“課題”とは、「現状」と「理想(目標)」とのギャップによって生まれるものです。単なる“困りごと”や“感情的な不満”とは異なり、企業が目指す成果や方針に対して、「どこで・なぜ・どういう差異が生じているか」を明らかにすることで初めて、課題として意味を持ちます。 例えば、以下のような形で課題を定義することができます。
目標(あるべき姿) | 現状 | ギャップ(=課題) |
月間売上1億円の達成 | 月間売上8,000万円 | 新規案件数が少なく、成約率も低下している |
離職率10%以下の維持 | 離職率15% | 配属後3か月以内の退職が集中、OJTの設計が不十分 |
顧客満足度90点以上 | 顧客満足度78点 | 問い合わせ対応に時間がかかっている、担当者スキルにバラつき |
3 顧客自身も“本当の課題”に気づいていない
多くの営業担当者が見落としがちなのは、「顧客は必ずしも自分の課題を把握しているわけではない」という点です。 例えば、ある中堅企業の人事担当者が「社員のモチベーションが低くて困っている」と相談してきたとします。しかし、実際に社内ヒアリングを行うと、社員の不満の根本には「目標設定が形骸化している」「評価基準が不透明」「上司との1on1が機能していない」といった構造的な問題があり、「モチベーション」という言葉はその“症状”に過ぎないことが判明します。 営業は、このような“言語化されていない課題”に仮説を立て、適切な問いかけを通じて顧客と一緒に課題を明確にしていく必要があります。まさに、コンサルタント的な視点とコミュニケーションスキルが求められる部分です。
4 「困っていない顧客」こそ、課題が眠っている
意外かもしれませんが、「今は困っていない」「現場は順調です」と答える顧客ほど、課題発見の余地が大きい場合があります。 たとえば、業績が好調な企業が「人が足りない」「生産が追いつかない」と喜ばしい悩みを抱えていたとします。しかし、深掘りしていくと「採用が追いつかない」「品質維持が不安」「マネジメント負荷が上昇している」など、将来的な成長の阻害要因が見えてくることがあります。 このように、表面的には“好調”に見える企業にも、放置すれば将来のリスクになりうる“未認識の課題”が存在します。これを見抜ける営業が、真のソリューション提案を実現できるのです。
課題発見に必要な思考スキル3選
顧客の課題を見つけるためには、単にヒアリング力を磨くだけでは不十分です。的確な質問を投げかけ、得られた情報を整理し、そこから本質を抽出するためには、思考の“技術”が不可欠です。 課題発見を強みにする営業パーソンが共通して身につけているのは、以下の3つのスキルです。
仮説構築力(ヒアリング設計力)
「質問力=情報収集力」と思われがちですが、真に価値のあるヒアリングをするためには、その前提としての“仮説”が必要です。事前に顧客の業界トレンドや直近のニュース、事業戦略をリサーチし、「この企業にはこんな課題があるのでは?」という仮説を立てておくことで、質問が具体的かつ深いものになります。 ▼現場の例
IT業界でSaaSを提供している顧客に対して、「最近カスタマーサクセス部門を立ち上げたと伺いましたが、定着率向上のためにどのような施策を打たれていますか?」といった質問は、単なる「最近の課題は何ですか?」という曖昧な問いよりも遥かに具体的で、相手の思考を深掘りさせる力があります。 仮説があれば、相手の反応に応じて軌道修正もしやすく、会話の主導権を握りながら、スムーズに本質に迫ることができます。
構造化スキル(ロジカルシンキング)
ヒアリングで得た情報は、断片的かつ感情的な要素が含まれることが多く、そのままでは「本当の課題」が見えにくいものです。ここで重要になるのが、情報を構造的に整理する力です。具体的には以下のような思考フレームが有効です。 ▼活用フレーム例
•目的・手段の関係性を見極める
→「マーケティング強化がしたい」=目的か?手段か? 目的が“売上アップ”であれば、他の手段もあるのでは? •因果関係で整理する
→「在庫が増えて困っている」→なぜ?→受注予測が外れている→なぜ?→営業と生産の情報連携にズレがある、など。 •MECE(モレなくダブりなく)で分解する
→「営業活動がうまくいかない」を「人材・プロセス・顧客接点・情報管理」などで因数分解。 ▼現場での応用
商談後、情報をロジックツリー(要因分解図)で整理する習慣を持つことで、自分の理解を“可視化”し、次回のアプローチに活かすことができます。構造化に慣れてくると、顧客の話を聞きながら「どこに本質があるか」が即座に見えてくるようになります。
抽象化・具体化スキル
課題発見には、情報の“意味づけ”をする力も不可欠です。顧客が話す言葉の裏にある本質を捉えるためには、一度その言葉を「抽象化」し、全体構造の中で位置づけることが必要です。反対に、その抽象的な概念を「具体化」して、実際の業務や行動に結びつけるスキルも重要です。 ▼例:顧客の発言
「うちの社員、最近モチベーションが低いんですよね…」 ▼抽象化→具体化のプロセス
•抽象化:「従業員エンゲージメントが低下している可能性」
•原因を仮説化:「上司との関係性」「成長実感の欠如」「目標の曖昧さ」
•具体化:「1on1面談が形骸化している」「キャリアパスが不透明」「フィードバックがない」など ▼営業ができること
抽象的な言葉(例:やる気がない、回っていない、うまくいかない)をそのまま受け取らず、「それはどんな場面で感じられますか?」「具体的に言うと、どんな行動が見られますか?」と掘り下げることが、課題の具体像を明らかにします。
補足:この3スキルは“掛け算”で活きる
この3つのスキルは、個別に優れていても効果は限定的です。仮説を立てた上で、ロジカルに情報を整理し、抽象と具体を行き来する。この一連の“思考の流れ”をスムーズにできるかどうかが、課題発見力の核心です。
研修への落とし込み視点
これらの思考スキルは、教科書的に説明するだけでは身につきません。ワークショップやロールプレイなどの体験型演習を通じて、実際に手を動かし、頭を使ってこそ習得できます。たとえば、「顧客の声の書き起こし」を題材にして、仮説構築・構造化・抽象化のプロセスをグループで検討する演習などは、参加者の思考力を一気に高める効果があります。

研修で用いる課題発見フレームワーク
前述でご紹介したような思考スキルは、頭で理解するだけでは実務に活かすことができません。実際の現場で再現性を持たせるためには、「型=フレームワーク」に落とし込んで訓練することが必要です。ここでは、顧客課題発見のために研修で活用されている5つの代表的なフレームワークとその使い方をご紹介します。
フレームワーク①:5Why(なぜなぜ分析)
最もシンプルかつ汎用性の高いフレームが「5Why」です。顧客の発言や現象に対して、「なぜそうなっているのか?」を5回ほど繰り返し掘り下げることで、表面的な問題の奥にある“真因(ルートコーズ)”に近づく手法です。 ▼研修での活用例
架空の顧客シナリオ(「売上が落ちている」「離職率が高い」など)を提示し、受講者にグループで5Whyを実施してもらいます。「ああ、それは◯◯だからだ」と早合点せず、問いを深掘りする体験を通じて、「答えに飛びつかない癖づけ」が行えます。 ▼実際の営業での応用
•「製品のクレームが増えた」
→ なぜ? 操作ミスが多い
→ なぜ? マニュアルを読まない
→ なぜ? 複雑で理解しにくい
→ なぜ? UIが古い設計のまま
→ なぜ? 開発部門が顧客の使用状況を把握していない このように、ひとつの現象から関連部門・プロセス・情報共有の在り方にまで展開することで、提案の幅が大きく広がります。

フレームワーク②:現状・理想・障壁(GAP分析)
課題は「あるべき姿と現状のギャップ」であると前章で述べましたが、それを定型的に整理するのが「現状・理想・障壁」の3点フレームです。 ▼研修での活用例
受講者に「顧客企業の目標(理想)」と「現在の数値(現状)」を提示したうえで、「障壁になっていること」を仮説ベースで洗い出すワークを実施。発表の際には、「なぜそれが障壁だと言えるのか?」というロジック検証も行い、課題定義の精度を高めます。 ▼フレームのテンプレート
項目 | 内容 |
理想(To Be) | 例:月間売上1,000万円達成 |
現状(As Is) | 例:月間売上700万円で停滞 |
障壁(課題) | 例:案件リード数の不足、CV率低下、営業フローの属人化 |
フレームワーク③:顧客視点マトリクス(ステークホルダー分析)
BtoB営業では、課題を抱えているのは一人の担当者ではなく、組織全体・部門間・役職ごとに異なる視点が存在します。そこで有効なのが、「誰が何を重視しているか」を俯瞰するステークホルダー分析です。 ▼マトリクス例
ステークホルダー | 立場・関心 | 現状の課題感 | 期待する成果 |
営業部長 | 売上責任者 | 受注件数が減少 | 商談の質向上 |
管理部門 | 経費管理 | 無駄な広告費 | CPAの改善 |
社長 | 経営層 | 成長戦略に不安 | 新事業の安定 |
ロールプレイの事前準備として、このマトリクスをチームごとに作成。誰に何をどう聞くべきか、インタビュー設計の精度が大きく向上します。実務にも直結しやすく、評価が高いフレームです。
フレームワーク④:バリューチェーン分解
顧客企業の業務プロセスを「仕入れ→開発→製造→販売→アフターサービス」と分解し、各工程にどんな課題があるかをマッピングする手法です。 ▼活用方法
•製造業:製造工程における設備稼働率・歩留まり・保全体制
•小売業:仕入れ価格の変動、在庫回転率、販売チャネル別の利益率
•IT業:開発体制のボトルネック、QA体制、カスタマーサクセス支援体制 ▼研修でのワーク
業界ごとのバリューチェーン図を配布し、部門ごとに潜在課題を付箋で貼り出す「可視化ワークショップ」を実施。課題の“発見視点”を増やすことで、「聞いて終わり」のヒアリングを脱却できます。
フレームワーク⑤:バックキャスト思考
「今ある課題に対処する」のではなく、「ありたい姿」を定義し、そこから逆算して必要な打ち手を考えるのが「バックキャスト」です。特に、経営層との対話や中長期の提案を行う際に有効です。 ▼フレーム例
•3年後に年商10億円を目指す → 必要な顧客数・契約単価 → 現在の営業体制ではカバーできない → 営業改革・人材育成・DX化が必要 ▼研修活用例
「3年後にありたい理想像」と「現状」をチームで可視化し、「その差を埋めるには何が必要か」を議論。未来視点を持つことで、“本質的な課題”に目が向くようになります。 ●これらのフレームは組み合わせて使うのが効果的
実際の営業では、1つのフレームだけで完結することは稀です。たとえば、初回商談では「5Why」で掘り下げ、次のフェーズで「GAP分析」で全体像を整理し、最終的には「ステークホルダー分析」で関係者を巻き込んでいく――というように、状況に応じて組み合わせることで、課題発見の精度とスピードが格段に向上します。

ワークショップ事例と演習ステップ
フレームワークや思考スキルを学んだだけでは、「わかったつもり」になってしまうだけで、現場で使える力にはなりません。研修で本当に課題発見力を身につけてもらうためには、“体験”を通して学ぶワークショップ形式の演習が効果的です。本章では、研修に組み込まれている代表的なワーク事例とそのステップをご紹介します。
ワークショップの構造:実践型4ステップ演習
課題発見力を養う研修では、以下の4ステップを軸にワークを設計するのが効果的です。
【STEP1】事前情報から仮説を立てる(Preparation)
まずは、架空の顧客企業の「業界情報」「事業概要」「最近のトピック」「担当者の声」などのインプット資料を読み込み、どのような課題がありそうか、どんなステークホルダーが関与しているかを、チームごとに仮説立てします。 ▼演習ポイント•「この企業が今一番困っていそうなことは?」
•「社内の誰がどんな立場でこの課題に関与していそうか?」
•フレーム(GAP分析、5Whyなど)を使って“見える化”する
【STEP2】ロールプレイでヒアリング(Interview)
次に、講師やスタッフが“顧客役”となり、参加者がヒアリングを行うロールプレイに移ります。参加者は事前に立てた仮説をもとに質問を重ね、リアルな対話を通じて情報を深掘りしていきます。 ▼顧客役の設定例•営業部長:売上低下に悩むが、原因が特定できていない
•人事課長:離職率が上がってきたが、マネジメントに問題があるのか判断がつかない
•経営層:次の成長ドライバーを模索しており、部門連携に課題感がある ▼実施形式
•1チーム5〜6名で交代しながらヒアリング(10〜15分)
•他チームの前で模擬商談形式にしても良い
•録音・録画して振り返りの材料にすることで、質問スキルのチェックも可能
【STEP3】課題を構造化・言語化する(Analysis)
ヒアリングの内容をもとに、情報を整理・分析して「本質的な課題は何か?」を構造化します。ここで、フレームワークを活用しながら、複数の可能性を検討し、最も重要なボトルネックを特定する力を養います。 ▼分析視点•ロジックツリーやマインドマップを使って因果関係を整理
•顕在課題と潜在課題を区別する
•「この課題が解決すれば、何がどう良くなるか」を明確にする
【STEP4】ソリューション提案(Presentation)
最後に、特定した課題に対して、自社のサービスや商品をどのように使えば解決できるか、ソリューション提案をまとめてプレゼンテーションします。ここでは、「サービス紹介ではなく、課題解決提案であること」が評価のポイントです。 ▼提案の評価観点•顧客の課題を正しく捉えているか
•課題の背景や影響範囲まで理解できているか
•提案が具体的で、実現可能性・納得感があるか
具体的な研修の実施例:企業向けソリューション営業強化プログラム
▼概要•対象:法人営業部門の中堅~若手社員(20名)
•時間:1日(6時間)×2日間
•目的:顧客への“課題起点”の営業提案力を鍛える ▼ワークの流れ
時間帯 | 内容 |
1日目午前 | 【座学】課題発見とは/思考フレームのインプット(GAP分析・5Why) |
1日目午後① | 【演習】架空企業の情報読解+仮説構築 |
1日目午後② | 【ロールプレイ】顧客役へのヒアリング(各チーム15分) |
2日目午前 | 【分析演習】課題構造の整理とソリューション検討 |
2日目午後 | 【発表】プレゼン+講師・参加者によるフィードバック |
•「顧客の話を“聞く”ということの深さに気づけた」
•「仮説を立ててから商談に入ると、質問の質がまったく違う」
•「チームで課題を言語化するプロセスが一番学びになった」
学びを定着させるための仕掛け
研修で得た学びを「気づき」にとどめず、行動変容につなげるには、以下のような仕掛けが有効です。 ▼フィードバックシートの活用
各演習の後に、個人用のフィードバックシートを記入。
•どんな質問が効果的だったか
•どこで思考が止まったか
•自分の“問いの癖”に気づいたか ▼観察者による評価
ロールプレイ中、他チームが観察者となって「質問の質」「構造化の視点」などを評価。客観的視点での学びが生まれます。 ▼録画でのセルフレビュー
自分のロールプレイを動画で確認し、「自分がどのように話しているか」「沈黙の扱い」「リアクションのクセ」などを振り返ると、改善点が明確になります。
顧客課題発見力を現場で活かすには
研修で課題発見のスキルやフレームワークを学んだとしても、それが実際の営業活動で使われなければ、知識は忘れ去られ、研修効果も一過性に終わってしまいます。顧客課題の発見力は、営業の「思考の習慣」として根づかせてこそ真価を発揮します。本章では、営業現場でこのスキルを継続的に活かすための具体的な方法と、組織として支援すべき環境づくりについて解説します。
商談の振り返りを「仮説・検証型」に変える
多くの営業担当者は、商談後の振り返りを「話せたかどうか」「相手の反応はどうだったか」といった主観的・感覚的な内容にとどめがちです。しかし、課題発見型の営業では「仮説を立てて→検証する」という思考の筋道を意識して振り返る必要があります。 ▼具体的な振り返りフォーマット例
項目 | 記入内容の例 |
①商談前に立てた仮説 | 顧客は人材育成に課題を感じている可能性が高い |
②顧客の実際の発言 | 「社員に任せたいが、なかなか育たない」 |
③仮説との一致/ズレ | 表面的には一致。ただし、評価制度に対する不満が根底にある |
④次回へのアクション | 評価・報酬設計に関するヒアリングを深める |
商談メモを「質問・気づきベース」で記録する
一般的な商談メモでは、「顧客の話した内容」「要望内容」が中心になりますが、課題発見型営業では「顧客がなぜそれを言ったのか?」「そこから何が読み取れるか?」という“気づき”を記録することが重要です。 ▼質問メモ例
•「最近、離職が少し増えてきていて……」
→ なぜ離職が増えている?どの層?上司との関係?業務量?
→ 組織の構造上の問題か、それとも育成体制か?
•「リード獲得はできているけど、案件化しない」
→ なぜ案件化しない?リードの質?営業フロー?顧客の購買段階? このように、顧客の言葉を「事象」ではなく「兆候」と捉えることで、商談中に自然と“問いを立てる力”が身につきます。
上司・マネージャーによる“問いかけ”の質を変える
営業担当者が課題発見型の思考を定着させるには、マネージャーの関与がカギを握ります。指示や評価においても、結果や行動の指摘に終始するのではなく、「どんな仮説を持っていたの?」「その仮説はどう検証できた?」と問いかけるスタンスが求められます。 ▼マネージャーの支援例
•商談後の1on1で「この商談の本質的な目的は何だったと思う?」と内省を促す
•提案資料をレビューする際に、「この提案は、どんな課題に対する解決なのか?」と問う
•朝会などで「最近見つけた“未認識の課題”を共有しよう」というテーマを設ける こうした問いかけの繰り返しが、思考習慣を変えるトリガーになります。
課題発見のための“仕組み化”をする
課題発見力を営業部全体で底上げするためには、個々の努力だけでなく、組織として支援する仕組みが必要です。以下のような仕掛けを導入することで、スキルの属人化を防ぎ、チーム全体の課題発見力が高まります。 ▼実践例
1.仮説シートの導入(商談準備ツール)
商談前に「顧客の業界背景」「抱えがちな課題」「過去の取引事例」などを整理するテンプレートを活用。
2.課題共有会(ナレッジ会議)
営業会議の中で「この1ヶ月で発見した最も興味深い課題」を発表し合う。提案内容ではなく「課題」そのものに焦点を当てることで、思考の幅を広げられる。
3.ロールプレイ勉強会の継続開催
定期的に仮想顧客を用いた課題発見ロールプレイを実施。ヒアリング力や仮説の立て方を相互フィードバックで改善する。
顧客課題の発見は“価値提供の起点”である
課題発見力が営業における競争力となるのは、顧客に対して「あなたの会社の未来を一緒に考えてくれる存在」と認識されるからです。単に商品を紹介する営業ではなく、「まだ気づいていなかった問題を示し、未来への道筋を共に描いてくれる営業」こそが、信頼を勝ち取ります。 課題発見は、提案の出発点であり、関係構築の土台であり、継続取引の入口でもあります。そしてその力は、意識と訓練、そして日々の実践によって誰にでも磨くことができるスキルなのです。

まとめ
顧客に“選ばれる営業”へと進化するために
これまでの章で見てきたとおり、現代の営業パーソンにとって最も重要な力の一つが「課題発見力」です。単に商品やサービスを紹介するだけでは、顧客から選ばれることは難しくなっています。なぜなら、商品情報はインターネットを検索すれば誰でも得られる時代。情報の価値よりも、“誰がどんな視点でその情報を届けるか”が、営業の存在価値を左右する時代になっているからです。 言い換えれば、顧客から見て「この営業に相談すれば、自分の見えていなかった問題に気づかせてくれる」「将来の事業のヒントになる示唆が得られる」と思える存在になること。それが“選ばれる営業”への進化の第一歩です。
「モノを売る営業」から「意味を届ける営業」へ
ソリューション提案型営業においては、「どんな商品を持っているか」ではなく、「顧客の状況をどう理解し、どんな課題を見出すか」が出発点となります。そしてその課題に対し、自社のどのリソースがどう役立つかをストーリーとして構築する力が問われます。 このとき、商品の仕様説明や価格交渉だけに終始する営業では、提案の厚みが出ません。逆に、顧客と同じ目線で課題を共有し、「一緒に考えてくれるパートナー」としてのポジションを確立できた営業は、たとえ競合より価格が高くても選ばれることがあります。それは、営業自身が“付加価値”になっている証拠です。“発見型営業”が生む、組織と人材の進化
課題発見力を営業組織全体に根づかせることは、単なる売上向上にとどまらず、次のような波及効果も生み出します。 •営業マネージャーが「結果」ではなく「プロセス」で部下を育成できる•若手営業が“気づき力”を武器に信頼を築ける
•提案の質が上がり、単価の高い案件や継続契約が増える
•現場から顧客の“未来ニーズ”が上がることで、新商品開発やサービス改善につながる つまり、課題発見力は「現場力」と「組織力」の両方を底上げする営業の基幹スキルなのです。
明日から実践できる、一歩目を
「課題発見力を高める」と聞くと、何か特別な能力や経験が必要に感じるかもしれません。しかし、実際は日々の商談や準備・振り返りの中で、少しずつ磨いていけるスキルです。 明日から実践できることは、例えば以下のようなことです。 •商談前に「この顧客が今抱えているかもしれない課題は?」と1つだけ仮説を立ててみる•顧客の発言に対して「なぜそうなるのか?」と2回問いを重ねてみる
•商談後のメモに「今回、見えた課題」「次に深掘りしたい視点」を1行書き加えてみる たったこれだけでも、営業の視点は確実に変わり始めます。
“見える課題”だけでは戦えない時代へ
最後に強調したいのは、これからの営業は「すでに見えている課題」だけでは戦えないということです。顧客がすでに気づいている課題に対しては、他社も同じように提案をしてきます。差別化が難しくなり、価格勝負になりやすくなるのです。 だからこそ、顧客自身が気づいていない「未認識課題」に目を向け、その構造や背景、因果関係を丁寧に言語化できる営業が、今後ますます評価されていくでしょう。課題発見力は、提案力・関係構築力・コンサルティング力といった営業力の土台となる力です。 本コラムが、皆さまの営業組織・人材育成のあり方を見直し、顧客に「本当に必要とされる営業」への第一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。
【執筆者情報】
ビジネスゲーム研究所 米澤徳晃
研修会社に入社後、研修営業、研修講師業に従事。その後、社会保険労務士法人で人事評価制度の構築やキャリアコンサルティング活動に従事。その後、独立。講師登壇は年間100登壇を超え、講師としてのモットーは、「仕事に情熱を持って、楽しめる人たちを増やし続けたい」という想いで、企業研修を行っている。